2013年02月15日

猛スピードで都市化するパタヤ

2007年にパタヤに越してきて丸6年。今月で7年目に突入した。そこでこの6年に渡って変わったことや変わりつつあるパタヤの現在と近未来を考えてみたい。

ベトナム戦争時、米軍の慰安所となる前のパタヤはのんびりとして田舎の漁村であったらしい。そして、米軍の兵隊たちを休息させる場所として歓楽街として発展してきた。

戦争が終わり、米軍が離れた後は欧州からのバカンス客と飲兵衛と助平たちとがパタヤへやってくるようになり、それまでの歓楽街をさらに発展させるようになる。

その後は徐々に高齢者の避寒客が増え、近年になると多くのロシア人がやってくるようになった。経済大変革に伴い、ブリックスの台頭などもあり、ロシア人、中国人、インド人(プラス韓国人)の団体客は勢いを増している。

すでに十分なキャパがあるであろうと思われるホテルは「満足」という言葉をまるで無視したように、これでもかと後から後から新しいホテルが建設される。コンドミニアムにしても然りである。

物価の上昇も酷くなりつつある。どうやら去年あたりから世界的デフレから世界的インフレ傾向を強めているようで年金生活者のリタイア組には堪える環境になりつつある。

安く住めるタイランドという今まで一般的だった概念は少しずつだが消えつつあるように思われるパタヤの今日である。ゴーイング タイ ウェイ!!


posted by ミスター・ウォーク at 14:47| バンコク 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | How to 50de移住 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
かなり昔に水戸のテニスクラブの横田さんにご紹介いただいた、山腰と申します。

最近仕事の関係で斎藤全一郎さんと会う機会が多くこのブログの事を聞きました。

ウオーキングストリートのグラスハウスと言う
ゴゴーバーに友人が出資したのをきっかけに最近パタヤに2回ほど行き、風土が合うのか気に入ってます。

今後とも情報を、よろしくお願いいたします。

山腰 哲也
Posted by 山腰哲也 at 2013年03月05日 14:50
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